ラブレター(小説)

ラブレター

日暮 彩

愛しい健司さん
最初で最後の手紙を書きます。私は今自分の部屋の、お気に入りの机でこれを書いています。東向きの窓の向こうには深い闇の先にうっすらとオレンジ色の光がにじんできました。私はこの手紙を書き終えたら、ゆっくりとコーヒーを淹れ、十分時間をかけて味わい、その後この手紙をあなたの家のポストに直接投函するつもりです。そして誰も知らないところに行き、死出の旅に出ましょう。

あなたと親しくなったのは、奥様が、私が院長を務める産婦人科医院に不妊治療の相談に訪れたことがきっかけでしたね。そして夫であるあなたともお話しするようになりました。奥様は不妊のストレスで心が少し不安定になり、あなたはそのことで奥様に内緒で私に相談してくれるようになりました。何回目かにふたりで会った時、お酒に酔ったあなたは私を抱きしめました。その時すでに私はあなたに恋していたので、天にも昇るようでした。
奥様には申し訳ないですが、妊娠が成立する前に離婚して私のもとに来てくださると確信しました。ところが翌日からあなたからの連絡が途絶え、奥様の通院にも付き添って来なくなりましたね。無理に連絡して問いただしたところ、私との一夜は過ちだったと言いましたね。でも奥様は私を信頼しているので、治療は継続してほしい、申し訳なかったと。こうなることは頭ではわかっていたものの、やはりショックでした。でも愛する男の前で泣きわめくほど私は子どもではありません。ここから私の計画の第二幕がはじまりました。

計画? 第二幕? あなたには何のことかわからないかもしれませんね。少し長くなりますがお付き合いください。
健司さん、あなたが私と出会ったのは奥様の来院がきっかけと思っているでしょうが、本当は違います。もっとずっと前、あなたは私と同じ高校の一年先輩だったんですよ。当時あなたはテニス部のエースで誰もがあなたにあこがれていました。一方私は「妖怪」とからかわれるほど、醜い容姿でした。まぶたが半分垂れ下がったどんよりとした目と、できものだらけの皮膚をぼさぼさの長い髪で隠し、猫背でいつも目立たないようにしていました。そんな私に友達ができるわけもなく、クラスメートからは酷いいじめにあっていました。ある日、あなたがテニスの練習中、近くで隠れて見ていた私の足元にボールが転がってきました。おずおずとボールを差し出す私に、あなたは太陽のような笑顔で「ありがとう」と言ってボールを受け取ってくれました。他のみんなは私が触ったものすら嫌がるのに、少し手が触れてもあなたはまったく躊躇することなく私に接してくれました。その時から私はあなたに恋するようになったのです。
卒業後、あなたが大学に進み、製薬会社に就職してからも、私はいつもあなたを追いかけていました。
このままの容姿ではあなたに振り向いてもらえないので、全身を何度も何度も整形しました。同時にあなたと知り合うチャンスは病院だと思い、猛勉強して医師の資格をとりました。両親に捨てられ養護施設で育った私にそんな膨大なお金があるわけもなく、ここには書けない犯罪まがいの仕事もしました。産婦人科医になったのは想定外でしたが、ちょうどそのころあなたが結婚したので、私は奥様と偶然を装い、親しくなりました。そんな血のにじむ思いをし、ようやくあなたと巡り合ったのです。あなたは私があの時の「妖怪」だとはまったく気が付かなかった。名前がありふれているし、別人と思われた方が都合がよかったのです。
私の長年の思いが成就し、あなたに抱かれた瞬間が私の人生のピークでした。しかしこんなにあっさりと過ちだったと受け流され、なかったことにされたことで、私がどんなに傷ついたかあなたにはわからないでしょう。私はあなたに苦しみを味わわせてやろうと思いました。
幸い私が産婦人科医だったことと、奥様が体外受精を検討していることを利用することにしました。
何をやったかって? 奥様から取り出した卵子2つのうち1つを私のものとすり替えたのです。
そして2つとも体外受精させ、どちらかわからないようにして1つを奥様の体に戻しました。その結果奥様は無事に着床し、妊娠しました。

夜が白々と明けてきました。もう少しだけお付き合いくださいね。
昨日奥様から陣痛がはじまったと連絡があり、昨夜遅くこの医院に入院しました。出産は私の知り合いの医師に担当してもらうことになっています。
あなたがこの事実を知った以上、無事に産まれても一生苦しむことになるでしょう。愛する奥様の子か、私の子か、確率は2分の1です。幸か不幸か奥様も私も同じ血液型です。もっとも私の子どもなら整形前の顔に似るから気が付くかもしれませんね。産まれた瞬間から、どちらに似ているか目を皿のようにして1つ1つ確認する姿が目に浮かびます。奥様に打ち明けて家庭を壊すか、何とか秘密裡に遺伝子検査をするか、それとも一生疑惑を持ち続けるか。いずれにしてもあなたの心から私が消えることは生涯ないでしょう。あなたに愛されることは叶わなかったけれど、あなたの中で生き続けることができるので私は幸せです。どうか復讐だとは思わないでくださいね。愚かな女の精一杯の愛の表現なのです。

冒頭にも書きましたが、私はこの手紙をあなたの家のポストに投函した後は自死するつもりです。
実は過去の私の仕事をめぐって、警察に追われているのです。この手紙を読んで苦しむあなたの姿もきっと魅力的ですが、地獄であなたを待っています。

愛しい健司さん、さようなら 命が尽きるその瞬間まであなたを愛しています。

 

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#小説

【筆者より】

好きとか憎いとかの感情を超えて、もっと深く相手の心に自分を植えつける方法を考えた時に思い浮かびました。
究極の愛の告白ですが、男性の皆さまがもしこの手紙の相手の立場ならどう思うのか、ご意見を聞きたいです。

 

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言の葉集について

私が学んでいる文章講座のふみ先生を中心として、定期的に生徒さんたちが発表している「月刊ふみふみ」。
そこに入稿させていただいた作品を中心に、自分のブログにまとめていこうと思います。

ペンネームは「日暮 彩」(ひぐらし あや)
苗字は私の旧姓、名前は本名の漢字を変えたものです。
 
 

 

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